Japan - 日本

I have been to 33 of Japan's 48 political subdivisions (prefectures). 日本には1道1都2府43県あるが、そのうち1道1都2府36県を訪れている。下記には住んでいた、あるいは働いていた場所により、信州時代、東京時代、横浜時代、神戸時代、川崎時代、藤沢・大和時代などの年齢順の言葉を使っている。

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目次

6. Chugoku Region

6. 中国地方

Okayama Prefecture

岡山県

水島工場地帯と鷲羽山。神戸時代に、川崎製鉄水島製鉄所へ先輩のセールスに連れられて、厚板工場を見学にいった。このあと倉敷市と鷲羽山へ行き、瀬戸内海と諸島を見下ろすこの世とも思われないいい景色を見たが、その後瀬戸大橋ができてしまい、最近インターネットで見る写真はすべてこの橋の写真になっているのは悲しい。

岡山市。島根県のところで書いたように、東京時代に日本聖公会歴史研究会からの帰りに、広島市へ寄った後に岡山市へも寄り、後楽園と聖公会教会を訪ねた。

Tottori Prefecture

To Hamamura Hot Spring, Tottori Prefecture

鳥取県

鳥取県の浜村温泉へ

神戸時代に、毎年一回ラインレクリエーションとして泊りがけの旅行を会社が負担してくれて、その年はいい年で、営業のコミッションもはずんでいたので、それも多額に寄付してもらい、我々は年末のウィークエンドに営業課・SE課合同で、みんなで自家用車に分乗して(厳密にいえば、自家用車を社用に使うのは禁止されていたが)、神戸から姫路の方へ向かい、その手前で北へ中国山脈を越えて日本海岸へ抜けて、兵庫県から西へ鳥取県に入り、浜村温泉へいった。民謡「貝殻節」
何の因果で、貝殻漕ぎ習ろ〜た。
かわいやの〜、かわいやの〜。
色は黒な〜る、身は痩せる〜。
が有名なひなびた温泉で、芸子さんのこの踊りも見て(若い芸子が皿を落としたりして不真面目だったな!)、最高だった。この時に鳥取砂丘を少しだけ見た。

Climbing Mt. Dai

大山へ登る

島根県のところで書いたように、東京時代に、日本聖公会歴史研究会への行きに、ひとりで大山(海抜1,792m)へ登り、雨模様の天気で見晴らしはよくなかったが、頂上で多くのヒメシャラの木を見て、多分これが大山が女人禁制の神聖な山であった理由にひとつかなと思った。

Shimane Prefecture

島根県

Visiting Mt. Dai, Matsue, Lake Shinji, the Izumo Grand Shrine, Hiroshima and Okayama

松江、宍道湖、出雲大社へ行き、その前に大山、その後に広島、岡山にも寄る

東京時代に(1999年5月)、日本聖公会の歴史研究会で第10回歴史研究者の集いが島根県松江市で開かれて、私はこれに参加して、松江市、宍道湖、出雲大社などを訪れている。これに参加する前に鳥取県の大山(だいせん)へ登り、参加後に広島市と岡山市も訪れている。

Hiroshima Prefecture

広島県

広島市。島根県のところで書いたように、東京時代に日本聖公会歴史研究会からの帰りに、広島市に寄り、原爆記念館と聖公会教会を訪れて、その後で岡山市へいった。また別の機会に、マツダ自動車で利用しているデータベース・プログラムの宣伝に新型車(Demioだったと思う)の発表と絡めて取材に訪れた。

Fukuyama Integrated Steel Plant 福山市。神戸時代に、日本鋼管の福山製鉄所へ納入したコンピューターのFORTRAN言語のサポートに何回か行っている。また同工場の高炉へ納入したプロセス制御用コンピューターのサポートで3か月ほど貼り付けになった。工場入り口付近にストリップ劇場があり、初めて行った。ただし、名所の鞆の浦へは行き損ねた。

7. Shikoku Region

7. 四国地方

Ehime Prefecture

Matsuyama City

愛媛県

松山城。四国本土へは一度だけ12時間くらい、松山市に上陸している。神戸時代に同期の同僚が松山城で結婚式を挙げ、営業所の仲間と汽車で広島へ行き、高速フェリーで松山港へ着き、翌日の結婚式が終るとすぐに神戸へ帰ったもの。

Kagawa Prefecture

Shodo Island

香川県

小豆島。瀬戸内海に浮かぶ小豆島へ、神戸時代に会社の毎年のリクリエーションで、多分姫路からのフェリーで行った。意外と広い島だが一晩泊まりだったので、マルキン醤油の造穣所や寒霞渓などは見ていない。

8. Kyushu-Okinawa Region

8. 九州・沖縄地方

私は九州へは2度行っている。沖縄へは行ったことはない。

Nagasaki, Kumamoto, Oita, Miyazaki and Kagoshima Prefectures

長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島県

A Trip to Kyushu 1963

九州を旅する 1963

最初に九州へ行ったのは、大学4年になる直前の春休みの九州旅行で、小中学校からの友人である鈴木忠男くんと長野隆くんとで、当時国鉄が1か月有効の九州周遊券を出していたのでこれを利用して、あらかじめ各地のユースホステルを葉書で予約して九州旅行へ行った。東京からまず長崎へ行き、熊本、阿蘇山、湯布院、青島、霧島などを経て鹿児島へ行き、そこから船で種子島まで渡って、そこの最南端にある鉄砲伝来碑を見た。当時沖縄の日本返還は1972年なので、当時そこが日本のほぼ最南端だった。北海道旅行も参照のこと。

Fukuoka Prefecture

福岡県

2度目に九州へ行ったのは、神戸時代に住友金属工業の和歌山製鉄所にIBM 1050端末システムを導入することになり、福岡県北九州市にある八幡製鉄所で同種のシステムを使ってもらっていたので見学にいったもの。博多駅近くの飲み屋街「中州」とはどういうところか見に行ったのだけしか覚えていない。

Okinawa Prefecture

沖縄県

沖縄島一周 2018

水曜日から二泊三日で、妻と二人とも初めての沖縄旅行にいってきた。初日は全体に曇り、8時少し前に家を出るゆっくりスケジュールで、羽田から10:35発の全日空機(B777-300、座席は3-4-3)で3時間もかかって懸かって那覇空港に着き、15分もかかってオリックス・レンタカーへ(Honda Fit 1300)。沖縄島西海岸の国道58号線を北上し、途中普天間基地は国道から離れているので見えなかったが(移転予定先の辺野古は東海岸なので勿論見えない)、嘉手納基地までは片側3車線の道路。「かでな道の駅」の4階建て建物で屋上から基地を眺める。17:00にやっと恩納村谷茶ビーチのRizzan Sea Park Hotelへ到着。どうやら日本へ帰化したインド人が社長のHMI(Hotel Management International)のホテルチェーンのもので、駐車場が国道向かいにあり有料500円なのが気に食わない。時節柄か中国語と韓国語のお客さんも多い所で、目の前の海岸を散歩して、沖縄の海岸は一般的に海岸からしばらくは(サンゴの?)浅瀬で、波は1キロ位沖合で砕けているのを観察。

18:00に予約して車で「しまぶた とんかつ」レストランへいって、ゆし豆腐や沖縄風漬物を食べて、私が帰りに運転することにして、妻に飲んでもらった。とんかつはまあまあだが、ひとり300円のカバーチャージを払わされて、6,000円超の出費。19:30からホテルのロビーで琉球舞踊の実演があり、宮廷の静かな踊りと現代風の威勢のいい踊りがあって大変面白くて、最後はみんなでもろ手をあげて「エイサー」との掛け声で踊った。 (2018.02.21.)

いつもは早起きだが、木曜日は起きたらもう6:50分で、曇りのせいかまだ薄暗いので、関東地区より1時間位遅いと感じた。(あとで首里城の日時計で標準時より30分遅れだと説明あったので、関西は東京より30分遅れて夜になるので、そういう計算。)7:15から二階ロビーの奥にある和洋食のレストランで朝食。海岸をしばらく散歩してから、9:30に車で出発して。国道28号線をさらに北上し、10:00熱田森林公園で森林学習館を見たあと、熱田山へ登山開始。10:30にはもう頂上(海抜165m)へ着いたが、途中眺めは万座毛(まんざもう)などの海岸風景がまあまあだが、頂上はあまりよくない。11:15にそこを出発して、11:40には「許田道の駅」へ寄っておみやげの果物などを買い、国道を離れて本部半島の山へ向かい、12:30には森の木々に囲まれた「Café Ichihara」で「いちゃら・ピッツァ、ゴーヤ・ピッツァ」で昼食。

そこを出て、13:40には今帰仁(なきじん)城址をゆっくり散策し、グスク(城)を見たいと思っていたので、これは素晴らしい所だった。14世紀ごろだろうか、沖縄が山北/山中/山南に分かれていた三国時代の山北の中心地。15:00にそこを出発して、「備瀬のフクギ並木」を見に行く。海岸も民家の周りが台風除けのフクギという大きな木々に囲まれている所で、3キロあるというのを1/3に省略。霧雨の中を14:15には万座毛と呼ばれる断崖絶壁(海に突き出た岩が象の鼻のような形)に東シナ海の荒波が寄せる岩海岸を見物して、そのあたりのLawsonで夕食用の食料を買って(沖縄は7−11が一切なかった)、17:50にはホテルへ到着。風呂に入って、部屋のベランダで簡単な夕食。(2018.02.22.)

金曜日は朝起きたらもう7時。2階の和食レストランで、おもに沖縄料理の朝食。8:25にホテルを出て、この日は国道58号線を南へ向かい、中泊インターで沖縄道高速道路に入り、時速100キロで突っ走り、9:30には首里へ。県営駐車場が満車だったので右へ向かい安国寺の駐車場を500円/日で使ったが、終に集金に来なかった。9:30から首里城公園を散策し、首里城に入って正殿、南殿、北殿の順に見学。11:00から「舞への誘い」という琉球舞踊の実演があり(玉城流七扇敏風会)、これは退屈で、前々日のホテルの実演の方がよかった。

そこから沖縄の東海岸へ出て、国道331号線を時計回りに知念岬を過ぎて、ニライ橋・カナイ橋を通過して、13:10に大武島(おじま)入り口の「くんなとう」で「もくずソバ」をガジュマルの木の下で食べる。次に沖縄戦の激戦地である「摩文仁の丘」にできた平和祈念公園で「平和の礎(いしじ)」を見学し、ここの海岸は荒海が崖にぶつかるような様だった。時間がなくなって「ひめゆりの塔」は省略して、ナヴィがおかしくなり苦労して車返却の場所を探して、全走行距離は263キロメートル、ガソリン代は2,760円。空港で夕食の弁当を買って、16:00には搭乗口に着き、17:00発の全日空機に乗り、羽田では19:50発の大船・藤沢行きバスに丁度間に合った(1250円)。 (2018.02.23.)

沖縄旅行感想: 今回の沖縄旅行は、休暇でゆっくりするというより、日本人がよくやる新しい土地に関して見て聞いて満足するという感じだった。読んだ本も含めて、沖縄は本土とは違う歴史と通称に携わる人たちで、薩摩藩に征服されて日本に併合されるが、アイヌの北海道と比較しても大いに独特の文化がある。第二次世界大戦の激戦地、日本・アメリカの基地を多く抱えてニュースではよく聞いて、市町村の名前もよく聞くが、やっと大体が分かった。天候が曇り空で、約二十年前に過ごした台湾・台北の冬も雨が多くジメジメしていたな、という感想。

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Prepared by Yoshi MIKAMI on November 28, 2004. Last update: Feb. 27, 2018.