Japan: 5. Kansai Region - 日本: 関西地方

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5. Kansai Region

Shiga Prefecture

5. 関西地方

滋賀県

三上山。琵琶湖の南岸の野洲に三上山(近江富士)があり、神戸時代に名神高速道路を通り、そこへいったことはあるが、山へは登りそこねた。俵藤太(たわらのとうた=藤原秀郷)が大津市の瀬田の唐橋から弓矢で三上山のムカデを退治したという伝説の地で、その後東海道新幹線でいつも見ているので、いつか登らねばならない。紫式部:「打ち出でて 三上の山を 詠れば 雪こそなけれ 富士のあけぼの」。松尾芭蕉:「三上山 のみ夏知れる 姿かな」 。

三上山へ登る。雨の天気予報でも天気が持ちそうなので、滋賀県野洲町にある三上山へ登ることにして、これは40年前の神戸時代からの懸案だったものだ。京都駅から新快速電車に乗り、以前は西明石〜大阪〜京都〜野洲を快速といっていたが、新快速は延長されて網干〜大阪〜京都〜米原で、この電車で野洲まで行くと、右手の車窓に三上山(近江富士、432m)が綺麗に見えてくる。駅では三上山の麓を通るバスが毎時一本なので、タクシー(1200円)で山の麓まで行き、運転手は元旦と秋の大祭に三上山へ登山する習慣があり、10月初めはマツタケが豊富に取れると説明してくれる。

三上山の登りは途中から左の表道(健脚向け)を行き50分、雨が降り出したので傘をさして、上の方は岩場を上る。頂上には小さな神社があり、晴れた日は生駒山も見えるという説明があるが、樹木が茂っていて、見晴らしはよくない。すぐ下山を開始して、帰りは(山へ向かって)右の裏道(一般向け)で、途中「苔が谷」を通って「西側から見ると山が割れているように見える所」とあったので、山全体は主峰と副峰があるようで、富士山のようではないようだ。下りは雨の中で足場を確認しながら下ったので、また50分もかかってしまった。山道は岩を砕いたような、土がぬかるようなことはなかった。

麓の御神(みかみ)神社は山から10分位歩くような少し離れた所にあり、もと官幣中社の大きな境内で、本殿を見ようと歩きだしたころはドシャ降りでずぶ濡れになって、最近中国でも日本でも梅雨前線が大暴れして、大きな被害が出ている。それでもタクシーを呼ぶのはやめて、バスを待って野洲駅へ戻った。晴れていれば「瀬田の唐橋」からも三上山がよく見えるはずで、平安時代中期に下野国の俵藤太(藤原秀郷)が唐橋から弓矢を射て三上山のムカデを退治したという童話を子供のころ聞いているので(どうやらそうではなくて、唐橋で竜の娘から三上山のムカデに苦しめられているのを聞いたということらしい)、瀬田駅で降りて唐橋を見たかったが、大雨なのであきらめて、そのまま京都駅へ戻った。「八ッ橋」をお土産に買って、15:12発の「のぞみ号」に乗って、座席で上の下着と長袖を着替えて、2時間後には新横浜へ行き、藤沢の奥田センターにある「とんこ」でトンカツを食べて栄養を取り、夜8時には帰宅できた。

注:以前神戸時代にできたての名神高速で三上山のそばを何回か通り、高速道路の西側(琵琶湖側)にあるのを覚えていて、新幹線で通過する時にも西側を探していたが、新幹線・在来線・国道8号線からは東にあるのを確認した。また三上山は独立峰と言われているが、このあたりには他の山が2・3峰あり、新幹線から見ても三上山の左に2つの峰が見えて、地図では三上山の裏にもいくつか峰があり、北東へ向かっていた名神高速道路はそこで三上山山塊に突き当たって東に曲がっていて、すぐ竜王I/Cがある。 (2016.06.24.)

Kyoto-fu

京都府

京都市は中学・高校の最終学年前の春休みに修学旅行で2回行った。神戸時代にまたお客さんと京都競馬場へ菊花賞を見にいっている。

京都コンサートホールで合唱コンサート (2016)。2016年6月末、コナ合唱協会の京都公演に参加するため京都へ行った。新横浜駅の自動販売機で切符(片道13,050円)を買ったら8時過ぎ発の「こだま号」だったので、おや5時間後に大阪へ着くのかと思ったら、2時間後には京都へ着いてしまい、「こだま」(以前は東京〜新大阪間各駅停車で5時間かかった)、「ひかり」(東京〜名古屋〜京都〜新大阪で3時間)、というのは以前と違った意味で使っているらしく、「のぞみ」は何だろうか。各席でパソコン/携帯電話の充電ができるようになっている新型車両で、感激。京都は4回(中学・高校の修学旅行で来ていて、神戸時代に京都競馬場の菊花賞、保津川下り)で来ているだけで、よく知らない。

ニューヨークでレストランをやっていた大学の同級生が引退してNY北郊外に住んでいたのが、なぜかいま京都に住んでいるので、京都駅で会って、雑談。どうも奥さんが日本の静かな所へ住みたがったようで、近々京都から四国へ移動するようだ。駅で昼食後、地下鉄で山北駅へ行き、そこの植物園の隣に新しくできた京都コンサートホールへ行った。そこのムラタホール(小ホール)で、午後1時からリハーサル。コナ合唱協会とウィンドワード合唱協会(オアフ島)から約50人がジャパン・ツアーに来ていて、男性が10人位で少ないので、京都のEnsembre Musicus合唱団(どうやら京都大学卒業生が中心らしい)から15人位を借りる。私からは「アンコール」のときは何を?」と指揮者に指摘して、ゴスペルの一部を歌おうと準備してもらったりした。リハーサル後、みんなは弁当を食べだしたので、私は裏の道路にあった「ここ家」でお好み焼きをほおばる。

7時からの本番には、Mixiで知り合った京都人が聞きにきてくれて、聴衆はやはりゴスペルがよかったみたいだった。(アフリカ系アメリカ人のソロイストが参加予定だったが、来れなかったようで、オアフ島の若い女性がピンチヒッターでも力不足で残念。)京都の友人と四条烏丸駅近くのフランス風レストランでビールの雑談。彼女は海外旅行が好きで、英国の旅行業者のツアーを利用しているようだ。ホテルもこの駅近くだったので、歩いて見つけて、夜10時過ぎに就寝。 (2016.06.23.)

保津川下りと嵯峨野トロッコ電車。神戸時代に「保津川下り」で亀山から嵐山へ行ったことがあり(秋の紅葉がすばらしかった!)、 上の合唱コンサートの翌日、京都滞在の2日目は早々とホテルを出て、地下鉄駅へ行く途中の四条通、烏丸通りが広くて整然としているので感激。荷物を京都駅東口のロッカーに預けて、コーヒーショップで朝食。JR嵯峨野線(山陰線)で亀山へ行き、途中の車窓から東に比叡山、大文字山、北に北山、西にも低い山が見えて、京都は地勢がいいとまた感激。

亀山駅に着いて保津川下りをしようとしたら(昔保津川下りをしたときは、晩秋の日差しの中、田んぼで稲わらを焼いている風景が印象的だった!)、前々日の大雨の影響で停船。仕方ないので馬堀へ一駅戻り、そこから保津川に沿った「嵯峨野トロッコ電車」(620円)に乗った。中国人が沢山来ていたので2組に聞いたら、台湾の北の台北と東海岸の宜蘭(イーラン)からだった。トロッコは意外と大きくて、綺麗に整備してあり、保津川に沿って下り、始めは左手に川が、終りのころは右手に川が見えて、終点の嵯峨嵐山駅で渡月橋などの嵐山散策を少ししようとも思ったが止して、京都駅へ戻る。 (2016.06.24.)

Amanohashidate & Suruga Bay

京都府の日本海側には丹後半島などのすばらしい海岸があり、また神戸時代に、天の橋立へ行ったことがあり、川崎時代には、敦賀湾の気比松原(けひのまつばら)海岸へ家族と車で行き、キャンプをした。

Nara Prefecture

奈良県

猿沢の池。中学の最終学年前の春休みに修学旅行で行って、奈良市で泊まった旅館のすぐ前に会った猿沢の池について作文を書いて、先生に褒められてクラス全体へ読まれたのでよく覚えている。高校の修学旅行でも行った。神戸時代にも一度だけ、奈良市の若草山を見にいった。

Wakayama Prefecture

和歌山県

神戸時代に、住友金属和歌山製鉄所へIBM 1050端末機システムをインストールする際に、セールスが春のコンベンションで不在で、和歌山市へ出向いて代理でめんどうをみた。

Osaka-fu

大阪府

大阪市。神戸時代に、我が社の大型コンピューターのテストセンターが大阪市内にあり、夜間かなり自由に使えたので、神戸時代には阪急電車(自宅から)、阪神電車(客先から)で、あるいは阪神国道を車で大阪市内へよく通った。御堂筋は銀杏きれいな並木になっていて、晩秋には銀杏の実を採集する権利の競争入札があり、銀杏の実を採っている姿をよく見たのが印象に残っている。

Hyogo Prefecture

兵庫県

神戸時代。社会へ出て3年目に神戸営業所へ転勤になり、関西地方から中国地方までの鉄鋼業担当のSEになり、約2年を関西に暮らして、関西の文化と人となりを多少理解した。住んでいたのは阪急電車の六甲駅から歩いて5分くらいのアパートで、そこから車で六甲山にはすぐ登れて、百万ドルの夜景を見ながらジンギスカン料理をたべたりした。

淡路島。夏には淡路島の五色浜へキャンプに行き、瀬戸内海(播磨灘)で泳いだ。神戸にいると夏はみなさん淡路島や日本海や琵琶湖へ行って泳ぐので、関西は東京にいるよりずっと自然に近いと思った。

加古川市。加古川市に神戸製鋼所の加古川製鉄所の建設が始まり、厚板工場の管理に担当SEとしてコンピューターを収めたので、加古川市を流れる加古川近くに木造アパートに3か月住んだ。周りは田んぼで、隣りがヤーさんの2号の部屋らしく、深夜まで麻雀をやってうるさくて、明け方近くなるとウシガエルが大きな声で鳴くので、夜はよく眠れなかった。

姫路市。姫路市の南に富士製鉄(後に新日鉄へ合併)の広畑製鉄所があり、ここへ科学計算用のコンピューターIBM 1130システムを収めたのでしばしば行ったが、なぜか姫路城は見損なった。

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Prepared by Yoshi MIKAMI on November 28, 2004. Last update: April 23, 2016.