Japan: 4. Chubu Region - 日本: 中部地方

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4. Chubu Region

4. 中部地方

Yamanashi Prefecture

Yoshida - Mt. Fuji - Subashiri (1958)

山梨県

吉田〜富士山頂〜須走 (1958)

Mt. Kushigata (1997)

櫛形山ハイキング (1997)

Climbing Mt. Senjoh 2002

仙丈ヶ岳へ登る 2002

2002年夏の終わり、南日本アルプスの山梨県と長野県の境にある千丈ガ岳(3033m)へ妻と登った。
  • 初日は:千丈ヶ岳へ藤沢を出発6:18-1950円->8:46(130km)中央高速道路の甲府昭和-->10:00(172km)広河原10:30-往復1100円22人乗りバス->11:00北沢峠-->11:18大平山荘--> 13:10昼食13:46 --> 14:40馬の背ヒュッテ, 17:00夕食(カレーライス), 夏の星を見たあと、20:00消灯
  • 次の日は:4:00起床(外で冬の星と黎明を見る),5:00出発-->6:16仙丈小屋2880m-->7:00仙丈ヶ岳3033m7:45-->9:00小仙丈ヶ岳-->11:00北沢峠-*7:35,9:45,(11:15),13:15,15:10->広河原12:35-夜叉神峠で休み、工事中ということで、中央高速道路を大月で出たので、帰りが遅れた->18:20自宅 (2002.09.01.-02.) 

Mt. Ashiwada (2013)

河口湖・西湖を見下ろす足和田山へハイキング (2013)

先週は火曜日の他に木曜日にも山登りをすることになり、ワイフと神奈川県の山・山梨県の山(山と渓谷社)を調べて、結局富士山麓の西湖付近の足和田山(1355m)へ登ることにした。朝7:15に車で家を出て、西湘バイパス(250円)・箱根新道・国道138号・東富士自動車道(500+520円)で小田原・御殿場経由で、富士山北麓の鳴沢村一本木へ着いて、登り口が分からず少しウロウロしたあと、10:15には東海道自然歩道の看板があるところから登山を始めた。すぐはきつい上り坂で、尾根にたどりつくと河口湖が見えて、富士山は雲に隠れて見えず、11:35には五湖台(足和田山頂上)に着いて、途中の御殿場のセブンイレブンで買ったオニギリ弁当。眼下に西湖見えて、向かいに御坂山地を望む展望台がある。

昼食後12:10に出発して、途中林越しに西湖が下に見えてクロアチアのプリトヴィチェ湖群国立公園みたいだなどと話しながら峰歩きをして、13:15には三湖台という裸の地面で見晴らしがいいところへ出て(青木ヶ原樹海・大室山、遠くに精進湖が見える)、中学生が大勢写生をしている。13:30には紅葉台を通り(展望台は有料だったのでスキップ)、13:50には紅葉台入り口(@国道139号)へ下った。国道を歩いて一本木へ戻る計画だったが、14:27の富士急行路線バスがあったのでそれに乗り(290円)、一本木から車で14:45には出発し、帰路は国道139・138号を素直に通り山中湖・御殿場・小田原経由で、藤沢市へ帰宅したのが17:30だった。運転距離訳200キロ。夕食は藤沢駅南口の奥田センターの「とんこ」でトンカツ。 (2013.10.17.)

Shizuoka Prefecture

静岡県

MOA Museum of Art and Kiun-Kaku in Atami City (2016)

熱海のMOA美術館と起雲閣 (2016)

3月の初日に仕事上の先輩で大磯住まいの友人と、静岡県伊豆半島の付け根にある温泉観光地・熱海へ散歩にいって来た。10:22藤沢発の電車で熱海には11:40に着き、駅前商店街の「だるま」(小田原の「だるま」とは無関係)にてカツ丼で腹ごしらえして、勇躍熱海駅の裏山の桃山へ30分くらいで登って、初めてMOA美術館を参観。入場料1200円で大々的なトンネルをくぐって、ヘンリー・ムーア作の「王と王妃」像がある広場へ出ると快晴の下に相模灘と初島、伊豆大島、伊豆半島が良く見える。美術館へ入ると尾形光琳の「紅白梅図」が目玉展示品で、まったくすばらしい構図で、去年は根津博物館の彼の「燕子花(かきつばた)図」と共にここで展示された時期があったという。茶室などを見た後の帰りに、バスで熱海駅へ下りる時の隣りの席は、この美術館を作った岡田茂吉が創始した「世界救世教」(ここにも説明有り)の信者で、今日は月の初日なので毎月福井県から来ていて、毎月6日には福井市にも200人位の信者が集まるといい、いまでも熱心な信者が全国に、またブラジルや東南アジアなどの海外にも多いらしい。私はハワイで自然農法に関係し始めていて、インターネットを見るとの世界救世教いづのめ教団の自然農法(長野県松本市)が必ず出てくるので、興味あって話しかけたもの。

この後、頼朝と政子の恋の舞台でもあったという「伊豆山神社」へ行くハイキング計画は止めて、熱海市内をしばらく歩いて「起雲閣」へ寄った。大正時代に海運王(内田信也)が3千坪の土地に母親のために2つの家を建てて別荘を作り、その後鉄道王(東武鉄道の根津嘉一郎)が「ローマ風浴室」などの様々な棟を建ててホテル風になり、谷崎純一郎・山本有三・志賀直哉などが滞在して作品を書き(太宰治が「人間失格」を書いた直後自殺したのは熱海市内のここではない根津の別邸で)、戦後は石川県出身の事業家(桜井兵五郎)が麒麟・大鵬などの部屋に大名だけに許された「加賀の青漆喰」の青色の壁などを導入して、高級ホテルとして発展した。1999年にはホテルは終り、その後熱海市が渡り廊下で時計回りで一周できるようにして観光施設として公開したという。大変興味がある和洋折衷の屋敷だった。市内の糸川に沿って河津桜より早く、日本で沖縄のヒカン桜と共に最も早く咲く「熱海桜」の花は2月中旬で終わっていたので、しばらく歩いて海岸そばの公園へ行って「大島桜」の満開を見た。熱海は有名な温泉町だが、私は子供たちを連れて伊豆半島へ遊びに行く時にはいつも素通りしていたのでよく知らなくて、今回も温泉へは入らなかったが、それなりに面白い町と見た。 (2016.03.01.)

Driving in Izu Peninsula on Weekends

週末に伊豆半島をドライブ

横浜時代、仕事上の仲間と、自分の車でよく伊豆半島へドライブに出かけた。西岸の道路ができても、まだ舗装が完成していない時代で、ガタガタ道をよく走った。

Taking My Chinese Colleagues to Izu Peninsula, on a Weekend (2004)

週末に中国の同僚たちを伊豆半島へ案内 (2004)

中国人の方々を日本で接待して、商談の合間を見て国内旅行に連れていくのは、どんなにしたらいいのでしょうか。11月のウィークエンドが空いたので、東京からは北郊外の日光/鬼怒川温泉とか西郊外の高尾山ハイキングとか昇仙峡とか思ったのですが、木曜日に急遽JTBの知り合いに電話して、箱根か伊豆半島の温泉へ行くように頼んだところ、「今年は紅葉が遅れていて、丁度シーズンになって、土日は箱根や伊東などのいいところが空いてなが、熱海や下田なら空いている」ということで、下田温泉を頼んで翌金曜日に事務所へ赴いて、現金を支払って、チケットを受け取りました。土曜日の朝7:30に品川プリンスホテルへ4人(男性3人、女性1人)を迎えに行き(4人共約束通り、チェックアウトして朝食をすませていたので助かりました)、東京駅8:00発の特急「踊り子」に十分間に合い、快適な列車のt日で、10:30に下田に着き、まだホテルのチェックインには早いので、駅前でレンタカーを見つけて、借りて(丸1日距離無制限で1万円弱)、まず伊豆半島のドライブに出かけました。

まず海岸を北へ河津を通って(「ここは2月に河津桜が咲くという」は説明はあまり興味はなかったみたい)、そこから天城峠方面へ行き(ここが川端康成の『伊豆の踊り子』(伊豆舞女)の舞台という説明は、皆この作品を知っていて興味があったようだ)、河津七滝(ななだる)で車を止め、そこの大滝庵で昼食のソバを食べて、大滝へ下りて見学して、写真を撮りました。また車に乗って、ループ橋・天城峠・浄連の滝を通り(もし女性の方が中ヒールで来てなかったら、山の中を少し散歩したかった)、修善寺へ入る前に西伊豆海岸の方へ抜けて、土肥へ入り(ここへ下るところの紅葉は、紅葉が全体的に遅れている今年は残念ながらまだ早かった)、ここから伊豆半島西海岸を南へ下り、堂ヶ島あたりで1、2回海岸の崖の上の公園で停車して(残念ながら富士山は見えなかった)、松崎を通り、17:00に下田温泉ホテル榮岬(はなみさき、0558-22-3111)へ入った。箱根の山の中のホテルとは一風変って、下田港と防波堤と岩の海岸が一望に見える、大変いいホテルでした。温泉も露天風呂から港が見え、良かった。食事は海鮮料理と例の伊豆の土地の料理で、皆さん大変良かったといってました。

翌日は8:00から朝食を取り、9:00にレンタカーで出発、下田港の防波堤で散歩して、石廊崎は遠いので止めて、爪木崎へ行き(2月に水仙が咲くというのには、あまり興味がなかったみたい)、写真を撮ったりして、11:00には下田駅へ帰り、レンタカーを返しました(135km走行して、ガソリン代は千円くらい)。ここで12:00発の東京行き「踊り子」に乗って、14:05に大船で降り、モノレールで藤沢市南東部(片瀬山)の我が家に寄ってもらい、我が家の中を案内して、車で近くの江ノ島のヨットハーバーを案内し(東京オリンピックのヨット競技が行われたという説明は、2008年北京オリンピックでヨットは青島で行なわれ、大連ではなくなったので、多少興味があったみたい)、これまた近くの鎌倉市南西部(鎌倉山)にある中国人の方の家へ行き(その週に東京でお会いした香港系会社の社長さん)、そこは茶室がある立派な家で、奥さんがここでお茶をごちそうしてくれて、もう1人の中国人の方も合流して、ワイフたちも一緒に七里ヶ浜のすし屋で夕食を食べて、食事後みなさんを藤沢駅まで車で送り、分かれました。費用はすべて含んで20万円くらいでした(すし屋での夕食は、我が家近くに住むこの中国人の方が払ってくれた)。(2004.11.14.)

Hiking in Mt. Amagi (2013)

天城山ハイキング

5月初旬の水曜日に、伊豆半島の天城山へ登山にワイフといってきた。家を朝6時少し前に車で出て、途中ターンパイクやスカイラインを通り、晴天なので富士山が大きく見えて、西の駿河湾にある初島や伊豆七島や三浦半島や遠くに房総半島らしいのが、東の駿河湾と沼津の町がよく見える。8時少し過ぎにはもう天城高原ゴルフ場へ駐車して(走行距離は106 km)登山を始め、天城山脈の万二郎岳(1,299 m)へ登る途中はマメザクラ(富士桜)が満開で、次に万三郎岳(1,406 m)へ登る途中は満開のアセビの花のトンネルがあり、頂上でおにぎりで昼食。(このあたりは6月にシャクナゲ街道になるはずが、季節が早すぎた。)そこから八丁池と天城峠(川端康成青年が「伊豆の踊子」で湯ヶ島から天城峠を通り下田へ向かった)へ行く縦走コースは全体で7時間も歩くので止めて、万三郎岳からすぐ南へ下り、ブナとヒメシャラの原生林を何度か通り、万三郎下分岐・涸沢分岐を経て、15時には四辻・ゴルフ場へ帰ってきた。午後のコースは何度も上下する予想外の難コースで、文字通りの健脚向きだと分かり、疲れ果てて18時少し前に車で帰宅した。 (2013.05.08.)

Makinohara House for the Handicapped and the Aged (2013 & 2014)

牧之原やまばと学園 (2013 & 2014)

大学の同級生(長沢道子)が静岡県で身障者の学校・老人ケア施設・「 牧之原やまばと学園」を経営しているので、20人くらいの同窓生たちで近くに一泊して歌を歌い、お土産も持参して、慰問にいってきた。 (2013.10.01.-02.) 2014年にも、また行ってきた。 (2013.10.27.-28.) 2015年にも行って、静岡市中も見てきた。 (2015.10.18.-19.)

Shizuoka City (1966 & 2014)

静岡市(1966 & 2014)

横浜営業所時代、会社員かけだしのころ、1966年だったと思う、できたばかりの新幹線に東京から乗って静岡営業所へ行き、そこの先輩SEと一緒に沼津市までもどり、大昭和製紙の工場へ入れた大型コンピューター(IBM System/360モデル40国産第1号機)のめんどうをみに3か月ほど通ったことがある。ただし、静岡市内を見物した覚えはなく、ただ静波(しずなみ)という美しい海岸へ泳ぎに行ったことのみを覚えている。

2014年に上記の牧之原訪問の折、静岡駅で下りて、静岡市中心部を見物した。そこで短時間でも静岡見物をしようとして、繁華街の紺屋町地下街と呉服町を歩いて彼が3度駿府城に住んだ歴史を学び、市議会ビルと県議会ビルを経て駿府城公園へ行き、徳川家康の像とお手植えのみかんの木を見て彼がそこに3度住んだ歴史を学び、公園内をしばらく散歩して東御門・巽櫓(たつみやぐら)から出た。翌日歌を歌って慰問した後、観客と交流会を持った。私はもうひとつの施設から来ている1925年生まれて静波の出身の人と話し合い、昔いい海水浴場だった静波へいったことを話したが、そこはもう砂利が多くていい海岸ではないという。

「大井川ふるさと弁当」のカバーに静岡方言集が書いてあったのを保管していて、「そうずら=そうでしょう、しぞーか=静岡、せんころ=この前、ごせっぽい=せいせいした、そらつかい=とぼけるひと、ばんげんしま=夕方、ばんたび=その都度、まめったい=まめに働く、そこらはっちょう=そこら中、そのいとに=そのうちに、わきゃーない=たやすい」とあったのを、彼にひとつひとつ聞いて確かめたりした。 (2013.10.27.-28.)

Niigata Prefecture

新潟県

春日山と直江津海岸。長野県の「信州の海岸」なので、長野県北部の小学校3年生の時の遠足で、高田にある上杉謙信の春日城と直江津海岸へ行っている。このとき初めて海を見た。

上越市。信州時代に長野市からしばしば行っている。毎週土曜日に「雪中梅」だったか、「八海山」だったかの予約が電話でできて、上越市へ取りに行った。

新潟市。冬季オリンピックの信州時代に、NIFTY-Serveの外国語フォーラムの友人たちと新潟市でオフラインミーティングをやった。海産物がおいしかった。

長野から直江津・新潟経由で坂町へ。長野県松代で小中学校の同窓会へ出席した後、長野駅から私はJR列車「青春18切符」もどきの一人旅で長野〜新潟〜坂町〜米沢方向へ移動開始。(実は、新幹線で埼玉県大宮まで帰って、東北・山形新幹線で行った方が便利な世の中になっていて、慨嘆!)まず「しなの鉄道」で妙高高原まで(豊野〜牟礼〜古間駅あたりの鳥居川沿いが私の田舎での本拠地)、それから「えちごときめき鉄道」で直江津まで(二本木駅では昔ながらのスイッチバックがまだあった)行った。そこから信越本線で長岡まで行き、新潟へ着いて、新潟県がこんなに大きいとは知らなかった。新潟で時間がなくなり鈍行はあきらめて、羽越本線の特急「しらゆきに」に乗って、やっと坂町へ着いたが、翌々日に山形県高畠町で「熱中小学校」で講師をする予定が、もう米坂線で米沢まで行く列車はなくて(途中の小国行きはまだあった)、駅員に宿屋があるか聞いて、ほぼ駅前の旅館「いづみや」に入り、近くの割烹食堂「いそべ」で新潟の酒と魚の夕食と取ったらもう疲れて、寝てしまった。 (2015.05.19.)

Mt. Naeba 2001

苗場山 2001

8月初旬に、長野県境にある苗場山(2,145)へ2泊3日でLAMN山の会の仲間と越後湯沢から登った。代替案もあり実際どれを取ったか覚えていないが、神田健一さんが作った山行計画をそのまま書くと、コース概要:苗場山は山頂の広大な台地いっぱいに散りばめられた大小の池塘の美しさが魅力です。苗場山には登山コースが四方から集中していますが、今回のは東京方面から最も取り付きやすいものです。 川端康成「雪国」の駒子像が出迎えてくれる西口から、ジャンボ・タクシーにて和田小屋まで行きます。身支度、準備運動をしてコースタイム4時間を頂上まで。途中下ノ芝あたりで昼食を取ります。弁当は集合後、湯沢駅にて購入する時間を設けます。 翌日は朝の頂上湿原を充分に楽しんでから赤湯温泉に向けて出発。急降下4時間ですが、脚をいためないようゆっくりと景色を眺めながら降ります。2時ごろには着くので秘境の露天風呂を満喫することができると思います。 最終日は、旅館を8時出発、越後湯沢にて昼食後、13時台発の新幹線かと考えています。

集合日時場所:2001年8月3日(金)午前9時10分 、越後湯沢駅 西口改札。往路の交通:上越新幹線;たにがわ431号 東京駅発 7:16 --> 上野駅発 7:22 --> 越後湯沢駅着8:51。上越新幹線;あさひ307号 東京駅発7:48 --> 上野駅発 7:54 --> 越後湯沢駅着9:05 。行程計画:◆8月3日(金) 越後湯沢駅---タクシー0:40-->和田小屋(10:00) <手前で降りる場合もあり>。 ===登り1:10==>下ノ芝(11:40)---昼食0:40(12:20) 。 ===登り1:30==>神楽ケ峰(2:20)===登り1:10==>苗場山頂(4:00) 。 ◆8月4日(土) 苗場山頂(8:00)====降り0:25==>2068m地点(8:30)===降り2:00==>1570m地点(11:30) 昼食 0:40(12:10)===降り1:25===>赤湯(2:00) ◆8月5日(日) 赤湯温泉(8:00)===登降1:30==>林道(9:50)===登降1:00==>ゲート駐車場(11:10) ---タクシー0:30-->越後湯沢駅(12:00)。携帯品: 宿泊先 - 8月3日 苗場山頂ヒュッテ 0257−67−2202 8月4日 赤湯温泉山口館 0257−72−4125 費用 - 東京−越後湯沢(片道) 乗車券:3,260円、新幹線自由席:2,720円、新幹線指定席:3,430円 タクシー:1,000円程度(往路)、1,600円程度(復路)。 魚沼交通:0257−84−2025 宿泊(8月3日) 素泊り:5,500円、2食付き:7,700円、弁当:700円 ミネラルウォーター500ml:500円、ビール350ml:600円。 (2001.08.03.-05.)

Nagano Prefecture

長野県

信州時代。幼少のころ信州で過ごし、また長野冬季オリンピック(1998年)の時に1年3か月長野市に住んだので、これらを一緒に信州時代と呼ぼう。

Supporting the 1998 Winter Olympic Games in Nagano & Living in Nagano 1997-98

1998冬季オリンピック@長野をサポート  &  長野に住む 1997-98

Staying at Otari Hot Spring and Climbing Mt.Amekazari 2000

小谷温泉に泊まり、雨飾山へ登る 2000

2000年秋のウィークエンドに、LAMN登山クラブの仲間と私が幹事で、小谷温泉に泊まり、信州北端の新潟県境にあり、紅葉真っ盛りの雨飾山(1963mm)へ登る。次のような予定と実際の記録がある。
  • 初日は、予定: スーパーあずさ3号 JR中央線 新宿 08:00--->11:55 大糸線 南小谷(みなみおたり)駅 (遅れた人は、スーパーあずさ5号 10:00発-->13:45着に乗る)。南小谷駅でバスに乗るまで時間があるので、小谷村郷土館(入場料300円、村役場0261-82-2001の紹介)などを見学、名物のソバなどで昼食をする予定。バスで、南小谷駅 14:38--->15:13 小谷温泉。(宿泊宿:小谷温泉 熱泉荘(0261-85-1241、太田さんに三上の名前で予約)
     実際: 6人が予定通りの8:00発のスーパーあずさに乗り、南小谷駅では郷土館で信州ソバなどを昼食に食べ、千石街道「塩の道」を30分くらい歩いた。神田さんが1列車遅れて南小谷で合流、14:38発のバスで、小谷温泉へ到着。木部さんは、あとから宿で合流。このあとは何もせず、温泉を楽しんだ。
  • 次の日は、予定: コース : 登りが3時間30分(標高差700m)、総合計で6時間30分。小谷温泉07:00 --(宿の車0:20)--> 07:20登山口駐車場 --(1:30)--> 8:50荒菅沢 --(1:40)--> 10:30稜線 --(0:20)--> 10:50山頂。頂上で昼食後11:30出発、3時間で下山、登山口駐車場で14:30に宿の車で小谷温泉へ、バス15:11発に乗る。バスで、小谷温泉 15:11 ---> 南小谷駅 15:44(次は、小谷温泉16:38発、18:03発) JR大糸線 スーパーあずさ14号 南小谷駅 16:51 ---> 21:01 新宿駅
      実際: 6:00に朝食、6:30宿の車で出発、6:45登山口駐車場(キャンプセンターがある)から登山開始。時々日が差す、うす曇りの空の下、急な登りをこなして、荒菅沢で休憩。あたりのすばらしい紅葉を見ながらさらに登って、9:50稜線に着き、笹平(北の新潟県方面へ降りる登山道がある)で荷物を置いて、10:10雨飾山頂上へ。しばらくして降りて、10:25から笹平で昼食、11:15下山開始。西方下に天狗原山から金山・焼山へ至るすばらしい紅葉をながめながら、くたくたになって14:00登山口駐車場へ到着。そこのキャンプ場センターで野ぶどうジュースなどを飲んで、14:30に宿のバンに乗り、小谷温泉の宿にもどり温泉につかり(やった!)、予定の15:14発のバスに乗った。帰りの16:51発スーパーあずさが、東京の中央線の人身事故で遅れ南小谷〜白馬がキャンセルになったので、鈍行で白馬に行き、時間をもてあまし信州ソバなどを食べて、無事白馬発のスーパーあずさへ乗り込み、30分くらいの遅れで東京へ着いた。 健脚向きの山だったが、信州最北端の山で紅葉を楽しんた。 (2000.10.14.-15.)

Nagano Prefecture People's Association in Dalian, China

中国・大連で長野県人会に所属 2001-2015

Mt. Norikura and Kamikochi Highlands 2011

乗鞍高原・上高地へ小旅行 2011

長野県育ちの私だが、有名な観光地の上高地へは2011年の10月に始めていった。ワイフと藤沢市の自宅から2泊で行ったもので、
  1. 快晴。車で6時間かけて神奈川県〜山梨県〜長野県乗鞍高原(海抜1500m)。シャトルバスで乗鞍岳畳平(2700m)へ行き、魔王岳(2764)、富士見岳(2918)へ登った。北アルプス穂高連峰がよく見えた。泊りは乗鞍高原休暇村で、夕食、温泉。夜は星空を観察。
  2. 曇〜雨。沢渡大橋からシャトルバスで上高地高原(1500m)へ行き、大正池から梓川に沿って歩き、途中ニホンザルにもあいさつして、ウェストン碑・河童橋を経て、明神池まで歩いた。曇り空で穂高連峰はよく見えず、午後は小雨が降り出したので早々に引き揚げて、乗鞍高原の別のホテル(山水館信濃)ですばらしい夕食、白色の硫黄温泉。
  3. 小雨〜晴。雨が何とか上がり、乗鞍高原を牛留池から善五郎滝(滝に虹)へ、かなり高低がある白樺林の中を散歩。車で下山して、梓川脇の安曇村の道の駅でトロロ・ソバを食べて、6時間かけて長野県〜山梨県〜神奈川県藤沢へ夜に帰宅。
この年の紅葉はいまいちだったが、いい山の空気を吸って帰った。 (2011.10.06.)

In Matsushiro with My Primary & Middle Svhool Alumni 2015

松代で田舎の小中学校の同窓会 2015

2015年5月のある月曜日、田舎の小中学校の同窓会が長野県松代で開かれて、参加してきた。私は小五までしかそこにいなくて、中学もそこで卒業していないが、毎年招いてもらっている。最後に参加したのは長野冬季オリンピックの時だから、もうほぼ約20年ぶりだ。午後三時に長野駅へ集まるのだが、少し前に着いたので善光寺へ行く大通りを昭和通りまで行き、そこの小林一茶の句碑4つの写真を撮った。飯綱町から来た専用バスで松代町へ行き、そこの国民宿舎で泊り、六時から宴会。何と椅子に座っての宴会で、中締めは私がやり、二次会はカラオケだったが、私ともう一人以外は歌う人が少なかった。 (2015.05.18.) 翌火曜日は同級生たちと9:30からバスで真田邸文武館などを見学してから、長野駅ビルMidoriの「草笛」でソバを食べて(クルミソバが良かった)、皆と別れて新潟県を経て、山形県で開催された「熱中小学校」へ行った。 (2015.05.19.)

Toyama Prefecture

富山県

黒部渓谷&ダム。信州時代に、長野県大町から出ている山岳鉄道へ乗り、黒部ダムを超えて立山までいったが、長野県の一部のような感じだった。

Ishikawa Prefecture

石川県

国道249号線のトンネルで御陣乗太鼓を聞く。神戸時代に、ひとりで車を運転して、能登半島の日本海岸を通る国道249号線を走った。ある町で国道の交通を止めて、トンネルの中で「御陣乗太鼓」(ごじんじょうだいこ)を観光客のためにやっていた。トンネルから反響がすごくて、トンネルの中のある個所は海に通じていて波音も聞こえて、すばらしかった。

輪島海岸でキャンプ。川崎時代に、車で岐阜県高山市白川郷を経て、輪島市の海岸へ家族でキャンプに行った。街でほぼ毎日朝市が開かれて、そこで買い物をしてのキャンプだった。

Fukui Prefecture

Eihei Zen Buddhist Temple

福井県

永平寺で座禅米国のアサインメントから帰って、日本風のものが欲しくなり、夏休みに永平寺へこもり座禅を組んだが、悟りには至らなかった。

Gifu Prefecture

岐阜県

長良川をカヌーで下る。私は1988年5月連休に、30人の仲間と神奈川県藤沢市から小型バスで美濃市へ明け方に着き、そこから長良川をカヌーで下り、関市と金華山(岐阜城)の河原にテントを設営してそれぞれ一泊ずつして、羽島市の新幹線の鉄橋前で終り、新幹線で神奈川県へ戻った。

白川郷へ寄る。上記の輪島旅行の途中で、合掌造りで有名な高山市の白川郷へ寄った。

Aichi Prefecture

愛知県

Toyota City 1964 and Nagoya City

豊田市 1964 と名古屋市

私は愛知県をよく知らない。1964年に豊田市のトヨタ自動車本社へ入社試験にいって、しばらくして内定通知を断りにいった。名古屋市もよく知らなくて、南の海岸にある東海製鉄所へ会議で行ったこと、西郊外の南山大学へ行ったことがあるだけだ。

Mie Prefecture

三重県

私は三重県へは行ったことがない。

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Prepared by Yoshi MIKAMI on November 28, 2004. Last update: April 23, 2016.