アカシア便り−11(ハルビンの氷灯節−初めての春節帰省) 1995年 2月 25日

 1月20日から始まった冬休みは,三井海上火災・大連事務所の社員旅行のメンバー

4人と美容師の古山さん,それに我々2人を含め7人のグループで哈爾浜(ハルビン)に

行った。行きは軟臥車のコンパートメントに乗り帰りは飛行機を利用し,2泊3日のこ

じんまりとした旅行であった。寒い時は零下30度にもなるという哈爾浜であるが,我々

が行った時は零下20度前後で,比較的穏やかな天候に恵まれて思い出深い旅行をする

ことができた。

 予定より1時間遅れて午前11時30分,哈爾浜駅に降りると,駅前の大きな氷彫刻

の歓迎塔に迎えられ,早速,記念写真を撮った。それから,出迎えのバスで簡単な市内

観光をしながらホテルに着き,小休止の後遅い昼食を済ませ,ホテルから歩いて5分の

兆麟公園の中に展示されている氷の芸術作品を見に行った。

 氷の彫刻と簡単に言っても,それぞれが本格的な建築物を思わせる大がかりなものば

かりで,札幌・大通り公園での雪祭りとはまた違ったスケールの大きさであった。

 夜になると,それらの彫刻の中に赤,青,黄等いろとりどりの灯がともり、哈爾浜で

は冰灯節(ピンドンジェ)と言って外国人も大勢押し寄せる名物のお祭りになっている。

 また,印象深かったの,夕食にみんなで食べたバイキング・スタイルのしゃぶしゃぶ

は肉や魚貝類が食べ放題で,ビール、白酒を含めて1人千円弱と安かったこと、それに,

翌朝,水晶の厚板を敷き詰めたように凍った松花江の対岸にある太陽島公園まで馬そり

に乗って渡り、童話の一場面を型どったテ−マパ−クの雪の芸術作品を見ながらゆっく

りと散策ができたことである。日本の友人たちにも,冬の哈爾浜行きを是非勧めたいと

思う。

  冬休みは旧正月の1月31日をはさんで2月27日まで5週間余あったので,哈爾浜

行きの後,1月26日に 4ヶ月ぶりに日本に帰った。学院の食堂は冬休みに入ると同

時に閉鎖されて,学生も職員もみんなふるさとへ帰ってしまい守衛さん以外は誰もいな

くなる。

 日本に帰ってしなければならないことは次の五つで,結構忙しい日々を過ごすことに

なった。

1.税務署に確定申告をすること

2.日本での非居住者としての 税務申告(還元)をすること

3.厚生年金の現況届

4.Vスキルアップ支援プログラムVで買ったパソコンV550BJVの使用経験報告

書を出すこと 

5.囲碁の仲間との旧交を暖めること

1.確定申告については 娘を納税管理人に立てて源泉徴収票と保険等の領収証を

  持っていったらあとはすべて税務署の担当者が計算してくれたので大変助かった。

  ここでは,出国した9月26日以降については非居住者となっているため保険等の

  控除は認められなかった。結局,4分の3が控除され、源泉税については10月、

  11月、12月の3か月分が控除された。そして 最終的には1人分の飛行機代に

  相当する金額が 還元されたのは有り難かった。          

2.海外で仕事をするに当たって,税務上の問題がいろいろあることはJICAの

  古垣さんとの会話でも出てきたのだが、実際には手続きが非常に煩雑である

  ことが自分でやってみて初めて分かった。

  先ず,税金というのは日本に居住している者にかけられるのであって,非居住者に

  は条約締結国との取り決めによって日本で支払うようにはなっていないことが

  分かったことである。

  従って,わたしたちの場合は,日本に居住しなくなった日−去年 9月26日

  すなわち,住民票の抹消手続きをした日−から 所得税、住民税がかからなくなる

  ことと,銀行や証券会社への利息に対しても非課税手続きをして還元を受けなけれ

  ばならない。税務署でも銀行や証券会社でも,担当者はわたしたちのようなケース

  は初めてだったため手続き上の問題を調べるのに時間がかかり、今回の帰国時

  には還元の手続きは未完に終わった。しかし,今後の非課税については比較的簡単

  な届けを出すだけで出来たので特に問題はなかった。非居住者となっても,不動産

  収入やその他顧問料とかの収入がある場合は納税管理人を立てて確定申告をしな

  ければならない。本来 非居住者となる直前にそれまでの収入に対して税務申告を

  して出国をするのが順序らしいが,素人には分かりずらい。

  JICAの古垣さんは,すべての手続きは会社でやってくれたのでどうなっている

  かよく分からないが税金は払っていないと言うことであり、銀行や証券会社には

  自分で手続きをしたが,やはり大変であったということだ。

3.厚生年金については,毎年,誕生月に,現況届と言って存命中で年金を受け取る資

格があるという証明書が必要である。そして これには住民登録をしている区役所の

  証明をもらわなければならない。

  社会保険事務所では生きている証があればよいので,在外大使館の証明でも良いし、

  本人が記載されている戸籍抄本でも良いということであった。もし 現況届を

  誕生月の月末までに出さなければ年金は一時中止になってしまう。たまたま

  わたしの誕生月が2月であり帰国している時であったから良かったが、そうで

  なければ危うく年金を中止されるところであった。

4.IBM社内のVスキルアップ支援プログラムVで格安で買った パソコン

  V550BJVの一つの条件がPEOPLEという通信回線を使って使用経験

  報告書を提出することであった。そのため,今回の帰国時になんとかしなければ

ソフトウェア代として10万円近く支払わなければならないはめになる。

  帰国後,早速550BJを抱えて六本木のピープルワールドに行ったところ,

  運よく囲碁仲間の平林 章さんが責任者として勤務していたため、その場で回線

  使用の登録を済ませた。その後,すぐパソコンを立ち上げて回線接続をしたところ

   Vメモリーが不足していますVというメッセージが出て立往生、どうにもなら

  ないので,再度,平林さんに相談したら直ちにSEを呼んでくれた。そしてとりあ

えず,今すぐ使う必要のない中国語ドライバーとEasy PlayingをAOTO

EXEC.BATから除いてメモリーは何とかなった。

  ところが,今度はPCMCIAモデムの接続端子と電話回線の接続ジャックが

  構造的にうまく接続できない。そこで,すぐ本社のPC事業部の550BJの

  オーナーに電話して,これは何か製造上のミスでもあったんじゃないかと相談した

  ところ『550BJが先に発表されて、その後 PCMCIAが出てきたので

  わたしの部署の責任ではない』と至極明快な答えが返ってきた。『若し,外部の

  お客さまにこのような回答をしたら大変なことになりますよるぞ!!』と言って電

話を切ったが、このままでは何の解決にもならない。そこで,さらに同期でPC

  事業部のソフトウェアを担当している大森さんに電話を入れ,事情を話したところ

  『何とかしましょう』ということになったので急いで本社5階にある彼のオフィス

  に550BJを持ち込んだ。彼は 『こんなことはよくあることですよ!』

  と言いながら カットナイフを取り出して構造上邪魔になっている部分を切り  

取ってしまった。これでPEOPLEの通信回線が使えるようになったので家に

  持ち帰り、めでたくレポートを送信することが出来た。そして いかにもIBM

  らしい問題解決のやり方に接して『この会社も改善活動をやっている割には

   あまり 変わり映えがしないな!』と感慨を覚えたのであった。

  モデムのセットアップや通信ソフトウェアのGUIPPY JRのインストール

  等の準備、その他の問題解決のために結局3〜4日かかってしまった。

5.囲碁の方は V渋谷の例会Vに出席して,20名ほどの仲間たちと小松八段の検討

  指導碁を受けた後遅目の新年会があり、焼き肉を食べながらそれぞれの自慢話

  や今年の抱負などを聞いた。わたしも大連の囲碁状況を披露したが,IBM囲碁部

  は韓国との定例対抗戦が,今年はソウルで開催されるので大連への遠征は来年の

  アカシアが咲く5月下旬ごろにしたいという申し入れがあった。実のところ,この

   学院の囲碁のレベルはあまり高くないので,これからIBM囲碁部の強豪を迎え

  撃つことのできる打ち手を広く探しておかなければならない。今から楽しみに

  している。

  この数日後 嘉瀬さん宅で夕食をはさんで仲間たち4人で打ちまくったり、

  丸の内で,兄たちとの昼食会の後ライバルの次兄と4局打ち込んだりした。

  さらに,V本社大会Vが八重洲で開催されたのに出席して、V98年 長野オリン

  ピックのプロジェクトにどっぷりはまりこんでいる高本さんとも久しぶりに

  会えたし、4〜5ヶ月遠ざかっていた割には対戦成績もまぁまぁであった。