アカシア便り93(NHKワールド−同級生の来連) '99-04-07

 3月から有線放送でNHK Worldのニュース番組が見られるようになり、日本
が身近に感じられるようになった。今までは短波放送だけでしか日本のニュースを聞け
なかったのがテレビで見られるのだから、中国での文化的な生活がいっそう進んだこと
になる。
 例えば、お彼岸から桜の満開までには暖かくなったり、冷え込んだりを繰り返してい
た状況がよく分かったし、『花冷え』などという言葉にも久しぶりにお目にかかった。
『日曜討論』や夜9時からの『クローズアップ現代』なども日本と同時に見られるのは
著しい進歩である。
 しかし、スポーツ放送など実況を伴うものについては『放送権の都合によりご覧いた
だけません』というテロップが出て、音声のみになってしまう。従って、相撲や野球
などの実況が見られないし、スキーのジャンプも見られない。日本で当然のように見て
いたものが、こちらでは著作権に阻まれて見られないという厳しい状況下にある。
 一方、BBCやCNNニュース、『CSN1 MOVIES』という映画専用のチャ
ンネルや『Discovery』という冒険番組、香港映画などもあって、どれにしよ
うかと迷うほどである。この有線放送アダプターの導入によって、会社から帰って寝る
までの時間や休日の余暇の過ごし方が、今までとは様変わりに変わってしまった。
 なかでも、映画専用のチャンネルはよくみている。今まで見たものだけでも、『アニー
は愛された』『ミスターアーサー』『ジャーニーオブホープ』『永遠のアリサ』、カト
リーヌ・ドヌーブの『インドシナ』『グレムリン』『パッチアダムス』『スターの知ら
れざる顔』『卒業シーズン』『いつも一緒にいて』『カップルズ』、シルベスター・
スタローンの『クリフハンガー』、パトリス・ルコントの『リティキュール』、ジャン・
ターナーの『コップランド』などがある。4月の予告編では『オールザキングスメン』
『キャットベルー』『アリスの恋』『愛は静けさの中に』『セントオブウーマン』『ア
メリカンフライヤーズ』『ユニバーサルソルジャー』『父の祈りを』『イナゴの日』
『二十日鼠と人間』『聖者の眠る街』『グレイストーク』『シャレード』『屋根の上の
バイオリン弾き』『天国から来たチャンピオン』『愛のイェントル』『ミラグロ/奇跡
の地』『ザ・ファン』『マイライフ』『追憶の日々』『ET』等がめじろ押しである。
 これだけの映画を毎日見ていればよほどの映画通になれると思うのだが、映画雑誌や
番組ガイドなどの情報がなにもないので系統立てた整理ができない。ただ行きあたりばっ
たりに今日のは面白そうだとか、つまらないとかその場限りで見ているのでとても通に
はなれそうもない。それでも、タイトルと印象に残った場面が深く心の中に刻み込まれ
るのは、1つの得がたい経験ではある。
 週4日の出勤日は、朝8時から夕方5時までみっちり働いて大体6時前には帰宅する
のだが、夕食を済ませて一杯機嫌でニュースと映画を見るものだから、仕事の疲れで
ついコックリコックリと舟をこいでしまう。特に、今は甥の結婚式でかみさんが日本に
帰っているので、夕食を作るのに1時間近くもかかってしまうし、疲れに輪がかかって
いる。夕食時に1人で飲む晩酌は、最近ではビール1本も飲めなくなり身体の衰えを感
じながらも、今日もまた、テレビ映画を楽しんでいる。

 3月18日に小学校時代の同級生であった仲野秀雄君が来連した。     
大阪枚方市のV中国語を学ぶ会Vの人たち11名と一緒に20日に来る予定であった
のを、旧居訪問のために彼だけが一あし先に来たものである。
 彼は同級生の中でも秀才の誉れ高く、戦時下にあこがれの的であった幼年学校に願書
を出したまま終戦を迎えたのである。引き揚げてからは、大学卒業後、松下電器に勤めて
おり、ビルマやフィリッピンで勤務後、海外青年協力隊員として活動していたらしい。
戦後初めて会ったのは、50才を過ぎてからの富山での同窓会であった。
 19日は、旅順の旧居訪問の後、14:00ごろ大連に戻ってくるとの連絡があった。
この日は、甥の結婚式のために、日本へ帰るかみさんの飛行機がちょうど13:45だっ
たので、旅順から大連へ戻る途中空港に寄ってもらい、一緒に科学家マンションのわが
家に立ち寄った。積もる話は尽きず、久しぶりにゆっくりした時間を過ごすことができ
た。そのうち、彼が1991年に1年間大連大学の留学生活を送った時に知り合った
章健克先生に会うために、一緒に人民広場に近い花園広場に出かけた。彼が知り合った
当時は、章先生はまだ現職の教授であったが、今は、金山翻訳会社の総経理(社長)を
している。 私は仲野君の紹介で、管理幹部学院のころから章先生と付き合っており、
今でも時々、電話で難解な単語の質問を受けたりしている。また、彼に紹介してもらった
中国人の囲碁仲間の東北財経大学の李立農副教授は、またとない好敵手である。
 夕食は、大連大学在籍のまま大阪の阪南大学で交換教授として研究生活を送っている
蔡明哲先生一家と一緒にとることになっているとのこと、私もご相伴することになった。
現在、彼は奥さんの金路さんと一緒に春休み帰省中で、高校1年生の息子がいる。
 息子は全寮制の有名高校に入っているとのことだが、久しぶりに大連に戻ってきても
おやじとはほとんど口をきかないと言って嘆いていた。おふくろとは週1回の帰宅時に
洗濯物を頼んだりするので、否応なく話しかけるがおやじとはさっぱりだとのこと。
『日本でも同じですよ!』と言って慰めてあげた。『国は変われど、いずこも同じ!』
という難しい年代はあるものである。
 仲野君は20日の夜、一行11名と合流して大連賓館に宿泊したのだが、毎日彼らと
一緒に食事をするようにとの招待を受けた。中国式の食卓は、1人や2人増えても一向
に差し支えがないのだというのが幹事さんの意見で、全員これに同意してくれたらしい。
 まず、21日には大連バスセンター近くの北崗橋にある『全聚徳』で北京ダックを
ご馳走になり、22日は大連港近くの『中山府』でなべ物をいただいた。23日は昼食
を『狗不理包子』の店でとってから、日露戦争時の乃木将軍の駐屯地であった大連湾の
柳樹屯を訪問した後、開発区のマブチモーターの見学をすることになっていた。この日
は火曜日であったが、私は午後から休暇をとってVホリデイインV裏の『狗不理包子』
の店でグループの到着を待ったいた。ところが、一行はなかなか現れないのでしびれを
切らしているところへガイドがあたふたと迎えに来てくれた。『狗不理包子』の店とい
うのがもう1軒、中山広場の近くにできていることをこの時初めて知った。グループは
すでに食事は終わっており、時間がないからすぐ出発とのこと。昼食は食いはぐれたが、
ガイドが用意してくれたお持ち帰りの包子を車中で食べてお腹を拵えた。乃木将軍の
駐屯地は現在、『璧海山莊』というテーマパークになっており、私は以前行ったことが
ある。しかし、この時は乃木将軍の駐屯地だとは、つゆ知らなかった。

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