アカシア便り94(大連は故郷)    '99-04-18

 最近、『大連を第1のふるさと』と考えている人がいることを知った。

 昨年夏の『兄弟5人のふるさと訪問記』を11月の金州小学校同窓会会誌V南山会
会報Vに掲載したところ、今年1月に思いもしなかった同級生から電話がかかって来た。
彼はV桜町ですVと名乗り、V牛島五郎という名前を確かに覚えている!Vと言うでは
ないか。さらにV金州幼稚園の同窓で、私と一緒に遊んだことがある!VVお父さんは
民政署に勤めていたでしょう!Vなどと懐かしげに言う。
 全くわたしにとってはV寝耳の水・青天の霹靂Vであった。
 彼の話ではV実家は金州城南門(現在の向応広場)の近くで大きな店を構え、戦時中
の配給物資を一手に扱っていたVこと、V大連一中の金州分校で終戦を迎えたVこと。
V現在は、数年前に薄煕来市長の口利きで中国人と共同出資で始めた商売がうまく行って
いない。それため出資金を返してもらうために交渉中だVというようなことであった。
また、V前から大連青年旅行社の顧問をしているので、当地での宿泊は特別料金で提供
され、一般の半額ぐらいで泊まれる。今回は3週間ぐらいの滞在だVとのことであった。
 私は金州の生まれで小学校の1年生まで在籍し、父の転勤で大連に転校したので、
幼稚園のことなど全く忘却のかなたにあり、思い出せるものはなにもない。まったく
見も知らない桜町君からの突然の電話に驚きながらも、どのように幼時の話が引き出せる
かに興味があったので、彼の宿泊している渤海明珠大酒店で会ってみることにした。
 指定時間通りにホテルロビーに着くと、大柄なかっぷくのいい男が若い中国人の女性
と一緒にいるのが目に入った。彼らもすぐ私たちの到着に気づいて、あたかも旧知の
間柄であったかのように軽くあいさつをしただけで、簡単に打ち解けあった。
彼はまずホテルの自室に案内したいという。このホテルは昨年の兄弟会の時に泊まって
いるのでよく知っているが、彼が話していた極安で泊まっている部屋がどんなところか、
見たいという軽い気持ちで立ち寄ってみた。部屋は24階で大連湾がよく見える角地に
あり、ベッドが1つのシングルルームでビジネスホテルのような構造であった。
1泊の値段は大連外国語大学の賓館とほぼ同じ250元であるが、大連駅前に位置して
いるので交通の便ははるかに勝っているし、新しいホテルだけに清潔でサービスもよい。
 30階にある回転レストランは1人60元で、バイキングスタイルになっている。
ゆったりといすに座っていろいろ回顧談に花を咲かせながら、早速ワインを注文した。
かみさんは連れの女性に介添えされ、並んだ料理テーブルを一周してみようとか言い
ながら席を立って行った。 我々2人は、手近にあるものを思い思いに皿にとって、
食べながら昔のこと、現在のこと、これからのことなどを忌憚なく話しあった。
 ホテルニューオオタニの回転レストランは確か1時間で一周していたはずだが、
このレストランは一周するのに2時間近くかかっていることが食事の終わりごろに
なってやっと気がづいた。話に夢中になっていて時間の観念がなくなり、一周した
ころに腹も満腹になって時計を見てはじめて分かったのである。
 連れの女性は典型的な大連美人で、スタイルもよく何かとかみさんの世話を焼いて
くれていた。聞くところによると、彼が大連滞在中は秘書としてよく面倒を見て
くれているらしい。帰りには、彼女の車で私たちの住むマンションまで送ってくれた。
 一方、3月20日に来連し4泊5日の旅行を楽しんだ枚方市の      
『中国語を学ぶ会』一行11名を引率して来た伊東哲郎さんは、大連2中から南満高専
へと進み、満州電業で終戦を迎えた人である。現在は、8年前に中国人と共同出資で
興した打字印刷会社を経営しており、年に2〜3回は大連に来ているとのこと。今回も
仕事のためにグループが帰った後も一人だけ残って2週間滞在しているとのことである。
 中国語で打字というのはワープロのことであり、文章入力やデータ入力などを含めて
打字という。 彼の話によると、日本のワープロ検定は1分間の入力文字数で測定され
ており、3級で30字、2級で60字、1級で90字の入力を基準にしているとのこと。
それが彼の会社の中国人女性は中学校卒で全く日本語の読み書きができないのに、
1分間200字の日本語入力ができるのである。 超人としか言いようがないが、
これには仕掛けがあることを初めて知った。実際に彼の会社に行って彼女らの実技を
見せてもらったが、文庫本を書架に立ててストップウォッチを10分間に限って測定
したところ、1人は1500字、もう1人は1000字を入力することができた。
それぞれ誤字が3か所あったが、それにしても大変なスピードである。
 彼にその秘密を聞いたところ中国の『五筆字型(ウ〜ビーツーシン)』というマニュアルに
記載されている手法を使っていることが分かった。中身をかいつまんで説明すると、
漢字の偏とつくりと冠をすべてアルファベットで表現し、漢字1文字をアルファベット
6文字で表現する。普通のワープロでは漢字入力の時、同音異字が頻繁に出てくるので
その中から目的の文字を選び出すのに時間がかかる。『五筆字型』では、このシノニム
を避ける工夫が凝らされていて、飛躍的にスピードアップが図られているのである。
『文字は意思を伝達する記号である』という原点に返って考えると、ワープロで文字を
表現するもっとも効率のよい方法は何かという考えに至る。日本語、中国語、英語
という人間が使うのに便利な言語という立場から発想するのではなく、ワープロ入力
という全く違った観点から発想して工夫を凝らさなければならないことが分かる。
 伊東さんはこの発想を利用して、日本語入力の立場からさらに効率アップするため
の1万数千字のカードを別に作っている。日本では当用漢字は2千字足らずであるが、
それ以外にもよく使われている漢字があるからである。
 日本語文字入力という得意分野を生かして伊東さんが最近手がけているのは、自分史
の編纂のお手伝いをしたいということである。1枚2千字の原稿が100枚で約6万円
で入力できる。これは日本での相場の3割の価格であり、これを製本して100冊とか
500冊の限定版で私費出版にしても個人的には十分に満足できるものがしめて
20万円で出来上がるという。人にはだれにも知られていない自分史というものがある。
そしてある程度年を取ると、これを活字にして残しておきたいと希望する人がかなり
いるらしい。また、自分史に限らずひそかに研究している内容をまとめて活字にして
おきたいと願う人もいる。現に、VとなかいVという自分史やV日本簡体字のすすめV
という榎村陽太郎医学博士の立派な研究成果の本も見せてもらった。
 中国人の能力と日本人の発想をうまく組み合わせて世の中、人のために出来ることを
やろうという伊東さんの発想は大変すばらしいと思う。
 外国の慣れ親しんだ土地を『第2のふるさと』という言い方は普通であるが、
桜町君や伊東さんにとっては、大連はまさに『第1のふるさと』といってもよい
思い入れがある。

アカシア便り目次へ戻る