アカシア便り145              2003年 1月6日
北京旅行  
今年の正月休みは12月28日から1月5日までの9日間で、例年に比べて長い休暇となっている。 娘がこの休暇を利用して孫を連れて大連に来た。  大連だけでは見るべきところは限られるので、我々夫婦も一緒に北京へ2泊旅行をすることにした。いろいろ検討した結果、往きの1泊は夜行寝台車で、帰りは飛行機を利用するのがベストであることが分かった。  孫は小学校3年生でサッカー選手をしているそうだが、生来、車に弱い性質である。  そこで、できるだけタクシーを避けて、バスや電車に乗ることにした。  空港から軟件園の自宅までは普通ならタクシーに乗って20分のところだが、のんびりと701番と26番バスを乗り継いで50分かけて家に着いた。  北京への旅行は5年ぶりで今まではすべて旅行社任せであったのが、今回は往復のチケットとホテル以外はすべて手作りにして自分で手配することにした。  夜行列車とホテルの予約は旅行社の鄭さん、航空券は友人の王さん、北京観光の調査は友人の周さんというようにみんなに助けられて愉快な旅行ができたわけである。それでも中国ならではのトラブルがあるのは避けられない。
 先ず、航空券購入では、16:30発の北京−大連便を380元でOKということで購入申し込みをしたところ、この便が乗客不足のため欠航となり、次は20:10発しかなく、500元に値上がりしてしまった。中国では乗客が少ない時は航空会社の話し合いで予告なしに欠航になることがよくある。次の便で間に合わせられることがあるので注意が必要である。これは経済感覚からいうと一見合理的だが、顧客へのサービス感覚に欠ける国民性の問題と言える。 仲介役を買って出てくれた王さんは、大変怒ってくれたがどうしようもなかったらしい。
北京観光では、夜行列車が朝の6:08に順調に北京駅に到着した。旅行社では北京西駅になっていたのにこれはなんということだ。ここから苦難の道が始まった。 周さんが調べてくれたのは、旅行社がくれた北京西駅到着で調べた結果、その近くの航天橋にある北京巴士旅遊会社の観光バスである。このバスは一人50元で、最もリーズナブルであることが分かっていた。 彼女がくれた紙には、50元で4ヶ所の観光拠点(居庸関長城、八達嶺長城、長陵、定陵・地下宮殿)が含まれていると書かれている。 しかし、北京駅から北京西駅までどのように行くか、距離も方法も分からない。  これから北京と大連の比較などしながら、庶民レベルで面白い発見をすることがたくさんあった。先ず、北京に着いたところまでは予定通りであったが、調べて行った観光バス乗り場にたどり着くまでに1時間半もかかった。ガイドのいない初めての北京だったので道を聞きながら行くのだが、聞き方が悪かったのか教える人のでたらめさに唖然とした。   最初の人はまったく逆の方向を平然と教えてくれたが、これはくさいと思ったので引っかからなかった。 こんなのにひっかかると楽しい旅がすべて水泡に帰してしまう。 次に聞いたのは、客引きの女性が自分のホテルから観光バスが出ているから一人140元(入場券・昼食付)で観光ができると言っている。 これでは埒があかないので、結局、駅の食堂に行って西駅への路線バスが709番で1元であることが分かった。示された方向に行く途中、マイクロバスが客引きをしていたので709番バスの停留所を聞いたところ、5元でマイクロバスに乗れと言う。それで、改めて停車中の別のバスの運転手に聞きなおして、初めて目の前 にあるバス停が分かった。バスに乗って先ず驚いたのは、公共バスの旧態依然とした乗降で大連との格差を実感した。北京では、いまだに車掌が切符売りに来て、一人一人に取りはぐれないようにうるさく集金して回っている。で、満員になったら頭越し、肩越しにと大変なのである。
大連でもついこの間までは、ワンマンカーになったのはよかったが、バスの集金箱につり銭の用意がなく1元の持ち合わせがないと5元も払わされていた。 日本の感覚で言えば、100円のところを500円払わされていたということだ。   最近では、これが進みに進んでカードに置き換わってしまった。そのカードも差し込むのではなく、Suicaのように機械に触れるだけで乗車できる。 カードを使うと1元の乗車賃が0.85元に割引されるため、 最近ではほとんどの人がこのカードを使っている。 大連ではこれが当たりまえになっていて、非常にスマートに感じられる。 さて、西駅に着いたのはよかったが、今度は航天橋を探さねばならない。航天橋の場所を2〜3人に聞いたところ、それぞれタクシーに乗れと言っている。 ある人は30元、別の人は10元で行けると言っているので、とにかくタクシーに乗った。 結局、13元で目的地に着き、北京巴士旅遊会社もすぐ分かった。 結局、道を聞くなら、きちんとしたお店の人か、 お巡りさんか別のバスの運転手か車掌に聞くのが間違いないことが分かった。  考えてみれば、これは当然のことではないか!!
 やっと7時半にたどり着いた観光バス会社では、出発時間を確認したあと食事にしようと思っていた。 ところが、肝心の出発時間が決まっていない。  この手のバスは、乗客が一定人数に達するまでは発車しない仕組みになっているらしい。しようがないので、食事を済ませてすぐ戻ることを伝えて、先ず腹ごしらえに行った。 中国の楽しみの一つは食にある。至るところに小さな食堂があって、仕事に行く人たちが忙しげに簡単な食事をしている。  我々もその中に入って、10個入りの小籠包子を2籠と麺を2碗注文した。 食事をして夜行列車の疲れも吹き飛び、観光バスに戻った。 8時過ぎにバスに戻ってみると、我々4人を含めて10人ぐらい乗っていた。これではまだ発車できない。待つこと1時間近く、9時ごろになってやっと9時半に出発します、と告げられた。帰りの時間を確かめたら、18:30と言っている。19:30から始まるホテル付属の梨園劇場の京劇に間に合うように、 バス会社と交渉をして、19:00までにホテルに送り届けてくれる約束を取り付けた。 結局、9:24に22名の乗客が乗ったところでバスは発車した。
 中国と日本の大きな違いは、待つことに関して悠揚迫らざる中国に対して、理由の説明もないと言ってすぐヒステリックになる日本の乗客の差ではなかろうか?? 例え、通勤バスがパンクしても、エンジン不調で動かなくなっても、理由の説明もないのに1時間も2時間も辛抱強く談笑しながら気長に待つというのが中国流だ。おそらく日本人には耐えられそうにない。私も現役であれば絶えられなかったかももしれないが、今はゆっくり楽しもうと思って来ている中国なので、第三者として悠々と観察できるのが大きな利点である。
第1日目、最初の訪問地、居庸関長城へは初めてである。 八達嶺長城、長陵、定陵・地下宮殿は、娘や孫は初めてであるが私たちは行ったことがある。全員中国人の中に混じっての観光なので、50%ぐらいしか分からないガイドの説明を聞くのが大変であった。それに、時間に急かれて見たいところを端折ったのも残念であった。 ホテルには、京劇の開演時間ぎりぎりに到着し、ホテル付設の梨園劇場の入場券を先に買って部屋のチェックインを済ませ、食事を後回しにしてテーブルに出されているお茶とお菓子をつまみながらゆっくり鑑賞できた。ただし、1時間30分、180元の入場券は、大連の京劇、2時間強の80元に比べて大変高価であった。  初めて京劇を見る娘と孫の目つきは真剣そのもので、大きな感銘を受けていることが傍目にも分かるほどであった。 夕食は娘と孫を連れて夜の街に繰り出し、かみさんは部屋に残って荷物の整理である。 21時過ぎの街はほとんど店が閉まっていて大変だったが、開いているレストランでビールとお持ち帰りのお菜を買ってきて部屋でゆっくり楽しく食べることができた。
第2日目は、ホテルの朝食をゆっくり済ませ、農業の神様を祭っている天壇公園への散策から天安門、故宮の参観を予定していた。お昼は北京ダックに決まっている。天壇公園の散策をゆっくり済ませ、入場口の反対側から出て、ホテルで予約をしてもらった天安門南に位置する‘前門’までバスに乗った。‘前門’の北京ダック店は数多くある北京のチェーン店でも一押しのお店らしい。食事のあとは、お決まりの天安門と故宮参観で、最後は西単の民航大廈から空港までのバスを利用した。 すべてバスを乗り継いでの観光なので気が楽である。  ともあれ、北京の正月はお屠蘇、お雑煮こそなかったが、 天気もよく、お目当ての観光も京劇も堪能でき、初めて訪れた娘たちは大満足の2日間であった。  大連に戻ってみれば、連日ものすごい寒波で、 朝は零下16度、昼の1日の最高で零下9度という寒さである。しかし、部屋の中は24時間、常時20度から22度もあって、横浜の我が家よりよほど住みやすい心地よさがある。

  牛島様; 明けましておめでとうございます。 北京旅行記 楽しく拝見しました。
>  中国と日本の大きな違いは、待つことに関して悠揚迫らざる中国に対して、理由の
> 説明もないと言ってすぐヒステリックになる日本の乗客の差でしょうか??
 中国に限らず 日本でも、同様な事がある様です。 昨年12月 主人が出張で青森に行ったとき、雪で列車が大幅に遅れているのになんの説明、放送もない。と怒っていました。 悠久に流れていないのは、都会の人間だけのようです。  大連のバスが 進んでいるのは驚きです。 確か system開発では中国の方が先を行っている と聞いたことが有りますが 本当だったのですね。   Sachiko Murakami

牛島さん、村上さん、 恭賀新春 といっても中国の正月は太陰暦ですからまだですね。  旅順で生まれ大連で育った私には、懐かしい話です。  でも大連があまり変わって欲しくないなぁ・・と身勝手な想いも。
> >  中国と日本の大きな違いは、待つことに関して悠揚迫らざる中国に対して、理由
> > の説明もないと言ってすぐヒステリックになる日本の乗客の差でしょうか??
>  中国に限らず 日本でも、同様な事がある様です。
>  昨年12月 主人が出張で青森に行ったとき、雪で列車が大幅に遅れているのに
>  なんの説明、放送もない。と怒っていました。
>  悠久に流れていないのは、都会の人間だけのようです。
村上さんの意見に同感です。 4年ほど前に、青森県の竜飛岬に「津軽海峡冬景色ツアー」に行った時、青森発特急が予定時刻を過ぎても発車せず、アナウンスもないまま10分過ぎ、都会からきたツアー客は「一体どうしたんだ・・」とかブスブス言い始めましたが、現地の人たちは平然としていました。20分が過ぎたころ、やっとアナウンスがあり、「路線の途中が吹雪のため発車が遅れていますが、まもなく発車します」とのこと。 実際に発車したのはそれから10分くらい後でした。その間、騒いでいたのは他所からきたツアー客の連中だけでした。 面白かったのは、その後で、本来ならば目的地に近い駅に行くには一旦特急を降りてローカル線に乗り換えるのですが、途中車内アナウンスがあり、「本日は津軽海峡冬景色ツアーのお客様のため津軽今別駅に特別停車します」とのこと。当初は余程大勢のツアー客が乗っているのかと思いましたが、 実際に降りてみるとたかだか20数名でした。 時間に「不必要に」ピリピリせず、特急を臨機応変で停めるおおらかさは、都会人にはありませんね。 現地では雪で遅 れるのは当たり前、騒いでどうなることでもないし・・ の考えでしょう。 それはそれとして、私の記憶に残る中国人の悠々気質は平均的日本人よりも桁違いの所がありすね。
 万里の長城を築いたり・・。 子供のころに聞いたお伽話に、その昔、中国奥地に住む農家の親父が、ある日息子に、「明日から、畑の日当たりを妨げている裏山を削り落とし、 土はモッコで運んで海に捨てて来い」と命じ、「お前の代で終わらないのは判っているから、このことをお前の息子に伝え、そのまた息子と代々伝えて、目的を果たすように・・」と言い聞かせた、とのこと。それが、現在でも黄海の水が土色に濁っている理由とか。 最近の日本人は訳もなく苛立ったり、焦ったり・・   現代社会が時間との勝負というのは分かりますが、考えずに行動するのはエネルギーの無駄遣い・・  今年は、省エネのために何をすべきか考えることに・・ なぁんて殊勝なことを思ってます。 積雪は8cm程度、薄曇りの福岡より  江崎

  牛島さん;  中国・北京の様子を面白く拝読いたしました。 手作りの旅行の楽しさですね、その時は大変でもよい思い出になりますね。 車掌さんの切符売り、教える人のでたらめさ、旅館の客引き、バスの時刻のおおらかさ等々「人間臭さ」が懐かしい感じさえしました。 昔の私達もそういう中にいたのにいつの間にか効率第一の暮らしに馴らされてしまったみたいです。
> 今はゆっくり楽しもうと思って来ている中国ですから第三者として悠々と観察できるのが大きな利点です。
 レベルは低いですが、私もそう思うことがあります、孫を眺めたり、日々の暮らし方を思い返すときに「歳とるって結構 楽しい・・」と。・・・おおらかに生きたいです。 話が変わりますが、中国(シンヨウ・昔の奉天とか)の鍼の先生から戴いたカレンダーがあるのですが「日・月・火・・・」が「日・壱・弐・参・□・伍・陸・(□は見たことのない字)」となっているので「面白いな」と思っています(今年のは「日・一・二・三・四・五・六」となっています)。土日の他は1月・5月・7月・8月・10月の「1日」だけが、赤字で祭日はこれだけですか? 日本は休みの日が沢山ありますね。 興味深いお話を有難うございました。  蔀 すぎ江

村上さん、江崎さん、蔀さん;   早速のご返事ありがとうございます。
村上さん; System開発では中国の方が進んでいるというのは一面で、地域格差が大きいのが現実です。  また、私が教えていた大学では、Video装置がなくてDVDならあると言われました。 日本よりも進んでいるというのはこのような現象を言っているのかもしれませんね!

江崎さん; 江崎さんの専門分野に口出しするのははばかられますが、中国の品質管理はたかだか1996年ごろから始まっているので、ISO9000からと考えてよいでしょう。 日本のようにデミング賞のはしりが1950年に始まり、QCからTQC,CSという発展段階がないので、小集団活動の考えがなくドキュメンテーションの上っ面だけというのが現実で、現場は何時も大きな問題を抱えています。
 それにしても江崎さんの黄河の話は今でも生きています。 長江(揚子江)を切り崩してダムを造ろうという計画は50年のサイクルで現実のものとなりつつあります。  北京で明の十三陵の一つである定陵(地下宮殿)というお墓に行きましたが、地下宮殿を造り始めたのが万暦帝が即位して間もなくで、6年かけて生きているときに完成しています。さかのぼって、秦の始皇帝は即位してすぐ13歳のときに兵馬俑を造り始め、50歳で亡くなるまで工事が続けられました。1974年に農民が井戸掘り中に偶然発見したそうで、いまだに発掘が続けられています。

蔀さん; 中国の漢数字はいまだに生きていて、銀行などでは蔀さんの書かれた難しい漢数字を書かないとお金を出してくれません。難しい漢数字は、壱、弐、参、肆、伍、陸、柴、捌、玖、拾です。曜日は、星期(シンチ)と礼拝(リーパイ)の2通りの呼び方があり、星期日または礼拝天から始まって、星期一、星期二、星期三、星期四、星期五、星期六と続きます。 祝祭日は、1月、春節(年によって変わる、今年は2月1日)、5月(国際労働節−メーデー)、10月(国慶節)の各々1日で、 春節だけが3日の公休日となりあとは1日だけの公休日です。しかし、元旦以外は、前後の土、日を出勤して、変則的に1週間連休にするゴールデンウィークが習慣になりつつあります。 従って、日本の祝祭日より圧倒的に少ないのは事実です。   7月1日、8月1日はそれぞれ建党記念日、建軍記念日で、一般の祝祭日ではありません。その他、3月8日は国際婦人節、6月1日は児童節、9月に教師節、10月に重陽節(敬老節)など該当する人だけが半日休暇をとる節日があります。日本でも戦前は、紀元節、天長節、明治節などと言っていましたが、中国の祝祭日はすべて節で表されます。  なんだか中国語講座になってしまいましたが...。 悪しからず!!  では、また   牛島五郎

牛島様; おめでとうございます。 楽しい北京旅行のお話、ありがとうございました。 昨年の大連旅行を懐かしく思い出しました。あの大連が北海道以上の寒さなのですか。大変ですね。一般の人はどのように暖をとっているのでしょうか。今私の部屋は、11℃です。牛島さんの部屋とは比較できませんね。 奥様によろしくお伝えください。その節は、大変お世話になりました。以上 早川芳敬

晴嵐太郎丸です。 生のお話から、中国という国の、ある意味での「大きさ」を感じ ました。 そこから見ると、日本での「地域格差」などあってないようなもんですねぇ。 また そのうちに 

牛島五郎様;  あけましておめでとうございます。 北京ご旅行よかったですね。私どもは大連で入手できる範囲 の材料でおせち料理と雑煮を作り、日本語学科の先生とか、漢学院の留学生など15名をお招きし、大晦日は紅白歌合戦 を見ながら越年。元旦には唐山街にある唐代からつづく古刹 「松山寺」に初詣でにいきました。 日本語とパソコンを教える仕事のキリがつきましたので、1 月24日にいったん帰国します。税金、社会保険など諸手続、 健康診断などを済ませて5月末に再び大連に戻って参ります。
 今年もよろしくお願い申し上げます。    寺村謙一

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