アカシア便り−62(建設工事の問題点、日本の技術者不足)97-09-20

 大連市信息中心(DIC)の顧問という新生活を始めて3週間経った。

 生活面では、1週間目の週末から玄関にある電気ブレーカーがいくらオンにしても

すぐ落ちるので、3日間電気が使えなくなったことを特筆しておきたい。

 先ず、部屋のコンセントの位置がすべてベッドやタンスの裏になってしまうので、

たこ足配線になってしまう。何本ものエクステンション・コードを、部屋中張り巡らさ

なければ、電気スタンド1つ使えない。ましてや、台所などは冷蔵庫、電子レンジ、

ホットプレート、洗濯機、換気扇、湯沸かし器等すべてが電気を使っているので迷路を

たどるようなエクステンション・コードのオンパレードである。

 電気ブレーカーが落ちるということは、電気配線のどこかに問題があること、放って

おくと漏電から火災になる危険があることを意味している。 
日曜日ではあるが、会社の電気工事人が来てくれて、たこ足配線のあちこちを調べて
くれたが、らちがあかない。せめて冷蔵庫だけでも、使えるようにして欲しいと言って
頼んだが大もとのブレーカーが落ちるのでは、頼む方が無理であった。

 月曜日に又、同じ電気工事人がアシスタントを連れて来たけれど、結果は同じ。これで
土、日、月と3日間の電気のない生活である。ガスのない、すべてが電気の生活なので、
お湯1つ沸かせない。やむを得ず、7階に旅行社総経理の呂同挙さんがいることを思い出し、
せっぱ詰まった火曜日の早朝、窮状を訴える電話をした。

『ポットにお湯を一杯ください。』とお願いしただけなのに『7時にお湯を沸かして

待っているから、朝御飯も一緒に食べましょう。』という有り難い答えであった。

 彼の助言によると『電気、水道等困ったことがあれば、マンションの管理室に行って

事情を話すれば対応してくれることになっている。』ということであった。 呂同挙

さん宅で朝食をごちそうになった後、すぐマンションの管理室に行き『3日間電気の

ない不自由な生活をしている。』ことを訴えた。やがて、30分ほどすると2人の電気

工事人が来た。わたしは、会社にもすぐ電話を入れて、その旨伝えたところ、さらに

30分程して、2日間迷路に迷い込んで頭を抱えていた会社の電気工事人とアシスタ

ントがや て来た。

 そして、皆で再度たこ足配線から徹底的に見直してくれたが、なかなか原因が分から

ない。風呂の熱水器の配線も見た後、最後に、部屋の天井裏の配線をチェックして、

やっと原因を突き止めた。その間、3〜4時間もかかった。原因は、部屋の照明器具を

取付ける時の『くぎ』が、天井裏の電気コードを貫いていたのであった。 貫かれた

コードはスパークのあとも生々しく、真っ黒に焦げていた。

 このように原因の発見が遅れたのは、家屋建築の工事人の仕事のやり方に問題がある。

それは、家の外構を建てる人、電気工事をやる人、下水道の配管工事をやる人、内装

工事をやる人の間に、何の連携もないことである。自分の守備範囲の工事をやれば、

すべて終わりという個人主義的な考えに由来している。 顧客志向ではないのである。

 中国の家屋は、設計の段階から電気配線や下水道の配管工事など、住人の使いやすい

構造にはなっていない。こちらに来て以来、3年間常々感じていたことではあるが、

至るところに使い勝手の悪さがあることをここで更に確認した。


 明かりが点って、文明社会の仲間入りができたのでほっとしたのはよかったが、
お蔭で冷蔵庫に中は全滅であった。

 仕事の面では、日本からお客さまの訪問が数件あったこと、それと社員教育について

記しておこう。

 日本IBM時代の仕事仲間であったGBS(ゼネラル・ビジネス・サービス)の加藤章社長からの

紹介で、日本情報通信(NI&C)の長谷川部長、エイ・アイ・ティ・エスの杉社長、

それに大正衡器の金子社長の3人が13日(土)に来連し、16日(火)に帰国した。

 加藤さんから『大連に行くのであれば、牛島さんにあって来るように・・・』との

ことで、14日(日)には一緒に夕食を取りながら歓談することができた。長谷川さん、

杉さんはデータセンター出身であり、長谷川さんとは現役のころ、仕事上の付き合いも

あった。もう一人、キャデックの伊勢亀社長も同行、来連予定であったのが、出発する

日の朝、お父さんが急逝されたそうで来られなくなったとのことであった。伊勢亀さん

は、1972年に、わたしが東京に転勤になった時、営業として入社してきた人で、

珍しい名前なのでよく憶えている。

 彼らの来連目的は、コンピューター技術者を日本に連れ帰って研修させ、日本での

専門要員不足を補いたいというものである。日本では、現在、情報システム開発の需要

が増えてきているのに、開発要員が不足している状況にあるとのこと、14日(日)

には、21名の中国人技術者を面接をしたということだ。
折角、来連されたことなので、3人にDICにも来てもらい、劉軍総経理に会って
あいさつをしてもらった。DICでは、現在、NTTデータ通信とNECの仕事を
請け負ってやっているので、開発委託の選択肢もあることを知ってもらうよい機会で
あった。

 もう一組は、マイクロデバイスの高本修社長が来社された。名刺交換したところ、

ローマ字で Kohmotoと書いてあったので『長崎出身ですか?』『はい、そうです。』

という会話の続きで、わたしの同期の高本正さんのいとこであることが分かった。

 高本正さんは、この2年、日本IBMの囲碁チームが大連訪問で団長をつとめ、特に、
わたしとも親しくつきあっているので、全くの奇遇であった。

 彼の来連目的は、開発委託のための視察である。もう一人、日本情報通信の人も同行、

来連の予定であったが、長谷川部長がすでに来ていることもあって、この時期に2人も

同時に行く必要はないということで直前キャンセルになったらしい。

 大連での情報産業の利用に関するもう一つの選択肢としては、現地企業と一緒に、

コンピューター関係の仕事をやらないかというのがある。具体的には、友人の中拓時装

の坂上社長が顧問をしている大連屈指の郷鎮企業から、資金は出すから相手先を探して

ほしいという相談が舞い込んでいることである。日本との交渉の窓口は、彼に任されて

いるらしく、今回の2組の日本からのお客さんに、この郷鎮企業を訪問してもらった。

 中国人の技術者を日本に連れて行くというのは、その場しのぎはよいかもしれないが、

長い目で見れば、国策に反しているとも受け取れる。開発委託は、技術移転も可能だし、

中国の経済繁栄にもつながって日中双方にとってよい方法だと思う。3番目の日中合作
は、日本企業が進出するための優遇措置が問題になる。一番の早道は、技術システムの
仕様書にまとめやすい業務の開発委託であろう。


 わたしの関係する2つの訪問に加えて、同じ時期に更にもう2組の訪問客があった。
大連在住で月刊情報誌を発行している進出企業コンサルタントの大西さんの話では、
2〜3年前までは、外食等のサービース産業の進出が多かったが、この1年、情報産業
の進出が目立って増えてきたということである。

 この夏休みに日本に帰った時も、不景気のため企業のスリム化を目的としたリストラが
進んだため、景気が上向きになった現在、日本では、本当に必要な技術者がいたるところ
で不足しているという印象を持った。マイクロデバイスの高本さんは、今回の視察で得た
印象として、個々人の中国人の優秀さと、やる気満々な姿勢から、このままでは、日本は
中国に追い抜かれることも十分あるのではないかと危惧されていた。

 会社では毎週木曜日に、日本語の習得を目的とした勉強会を開いている。仕事と直接

関係のない、日本語だけの勉強会は勤務時間中にはやらないという方針なので、リーダー

の一人が、苦肉の策として考えたのが、仕事に絡めた日本語の学習方法である。

 時間は、夕刻4時から6時までの2時間、わたしがマニュアルを読んで解説をした後、

質問する時は日本語を使う。1回目は、DECのVMSシステム管理者マニュアルを

使って講義をした。システム管理者という職種はなぜ必要なのか、他にどのような職種

があるのか、SEやプログラマーとどのように関係するのか、マニュアルに書いていな

い話が大部分であるが、始めて聞く話なのか、参加者の関心は高い。

 2回目は、参加者が、健康保険組合システムの開発に携わっている人たちなので、

業務マニュアルを使って講義した。最初に出てくるのが、標準報酬という項目である。

まず、健保には、政府管掌の国民健保と企業グループの健保組合があること、それに

共済組合健保もあることを解説する。標準報酬ということになると、厚生年金にまで

触れる必要があり、中国との違いなどがディスカッションされて、10人の参加者は

活発に日本語と中国語で話合い、理解を深めるのに役立った。